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休日の砂浜に、一人、この風景にはおよそマッチしない、童話の住人のような格好の女性が座っている。
その目はどよりと曇り、波打ち際ではしゃぐ人々に向けて灰色の視線を送っていた。
彼女の名は、ソレイユ・N・シャントゥール。
同僚に「アラサー魔女っ子(笑)」などと言われていたのが耳に入ってしまい、現在久々に強烈凹み中である。
「まだ…27だし…」
自分を慰めるために言ってみたものの、余計に悲しくなった。

「あれ、ソレイユ。こんな所にいるなんて珍しいね」

沈みきったソレイユの背中に気付き、誰かが声をかける。
振り向くと、そこにはセロリがいた。

「どうしたの?浮かない顔してるけど…嫌な事でもあった?」
そう言って、セロリはソレイユの隣に腰掛け、心配そうな表情を向ける。
そのあまりに澄みきった優しさを前に、ソレイユの年上としての意地やらプライドやらは、地平線の遥か彼方に流されていった。

「セ、セ゛ロ゛リ゛くん~~~ッ!!!」



数時間後、吐き出せる限りの愚痴をほとんど吐き切り、ようやく落ち着きを取り戻したソレイユは、ここまで付き合ってくれたセロリに感謝するとともに、微妙に申し訳なさも感じ始めていた。

「そりゃあ確かに年齢的にはキツいかもしれないけど…
第一、私だって好きでこんな格好してるわけじゃないのに!」

「おれはソレイユの顔、かわいいと思うけどな」
「えっ?」
「それに、あの服装も似合ってるし」
「なっ……!!」
ソレイユは、顔を真っ赤にして、驚きとも怒りともつかないような顔をした。

確かに慰めたり褒めたりしてほしい下心がなかったといえば嘘になるが、ここまで直球に言われてしまうと、逆にどうしていいかわからなくなってしまう。

「せっ…せ、せ、セロリくん、大人をからかうのはやめてよっ!?」
依然としていつも通りの爽やかな笑顔を保つセロリに、ソレイユは食ってかかる。

「いやいや、からかってるつもりはないよ。本当にかわいいと思ってる」

こんな言葉、後輩達にも何度も言われて、言われ慣れているはずなのに。
お世辞だってわかりきっているはずなのに。
そんな透明な笑顔で言われてしまうと、
つい、期待してしまう。
ただひたすらに、一方的に愚痴を吐き続けただけのこの数時間の記憶が、浅はかにも甘く色づいてしまう。

「あ、あのねセロリ君、
簡単にそういう事を言ったりとか、
そ、そうやって、あんまり誰にでも優しくしたりすると、その…勘違いされちゃうわよ?」

「…そういうもんかなあ」

「 …なんて、冗談よ!仮にも27だもの、このくらいであっさり落ちやしないわよ!」


嘘をついたのかもしれない。
本当は、とっくに好きになっているのかもしれない。
でも言えない。
「勘違いされる」と聞いたほんの一瞬、彼の表情が凍った。今までの笑顔が嘘のように、今にもひび割れて崩れ落ちそうに見えた。
そして、彼女は悟った。
「自分はこの奥に踏み入ることは出来ないのだ」と。
無理に踏み込もうとは思わなかった。
彼には、水玉のような笑顔のままでいて欲しかったから。

だから、冗談にした。

「…そっか」

「そうよ!」

「そうだね」

元の表情に戻ったセロリを見て、ソレイユは安堵した。
そして、その安堵をぎゅっと噛み締めた。
私は今満足しているのだと、自身に言い聞かせるために。


「ごめんね、こんな時間まで付き合わせて」
「いいよ、ソレイユが元気になってくれたら」
また、そういう事を言う。
ソレイユは、心の中で頭を抱えた。

「その…あなたも悩みとかあったら、遠慮なく言いなさいよ。ちゃんと聞いたげるから」

「本当に?」

「当たり前でしょ!
私達、 友達じゃない!」

「…ありがと」

そう言って笑ったセロリは、いつもより嬉しそうに見えた。

だから、いいのだ。
私達はともだち。
そう、私達はともだち。

 

 

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