top of page

お前のせいだ。
お前が来たせいで、俺はまた、独りでいられる方法を忘れてしまいそうなんだ。
なあ、頼むよ。行かないでくれ。
責任を取ってくれよ。
今こうして俺を苦しめてるのは、紛れもなくお前なんだ。

しかし、それを全て伝えるには、テイラーにはまだ理性が残りすぎていた。

そして、それを全て閉じ込めておくには、テイラーの衝動は大き過ぎた。

テイラーは、背を向けて去ろうとするハルカの肩をがしっと掴み、やや強引にこちらへ向き直させた。


ハルカの肩を掴んだテイラーの手は、獣のように戦慄いていた。
ハルカは思わず後退りそうになったが、テイラーの手をくいと手繰り寄せ、なんとか自分の体を引き留めた。
そして、今にも泣き出しそうなテイラーの顔を見た。

テイラーは、ただ小さく、本当に小さく、震える声で「頼む」と呟くのが精一杯だった。

ハルカは、肯定の代わりに、テイラーに向かってにやりと笑ってみせた。

「ああ、俺は今何をしているんだろう」
白衣のボタンに指を掛けながら、テイラーは何度も心の中で自分を問い詰めた。
一つ目のボタンが取れた。
大切なものを失って、お前はこんなことまでして傷を埋めたいのか。
大切な後輩に、こんなことまでさせて。
二つ目のボタンが、するりと穴を抜けた。
お前もお前だ、ハルカ。なぜこいつをここまで甘やかすんだ。なあそうだろ。お前もこれから自分が何をしようとしているのかわかっているのか。
わかっていて、そんな無理やりに笑顔を作ってるのか。
三つ目のボタンが離れ、白衣はハルカの腕を伝いするりと落ちていった。

テイラーは、シャツ越しに、ハルカの肋骨に沿って手をあてる。布一枚を隔てて、ほのかに熱を持ったハルカの体が、努めてゆっくりとした呼吸に合わせて波打っているのがわかる。

肋骨から脇腹へ、そろそろと指を降ろしていき、やがてシャツの裾へとたどり着いた。
布の間から見え隠れする褐色の素肌は、薄明かりを浴びて柔らかな光陰の線を浮かべている。
シャツの内側に右手を潜らせ、直にハルカの腹部に触れる。
「ふっ…」
ハルカは思わず出た小さな呻き声のような吐息を誤魔化すように、「おっさん、結構手ぇ冷たいんだな」と言って笑った。

テイラーは服の隙間にゆっくりと右腕を差し入れて、這うようにしてハルカの体を撫で上げていった。
腹部から、脇腹へ。
脇腹から肋の筋に沿って、背中へ。
背骨を超えて、反対側の肩へ。
そして首へ。

テイラーの手の感触と共に、胸のうちから湧いてくるぞわぞわとした感覚が、背すじを伝って昇ってくる。
ハルカは、その刺激に思わず喉を鳴らしてしまいそうになった。

テイラーは、自分の右手に預けられたハルカの頭を、身体ごとぐいと引き寄せる。
ハルカの顔が目前に迫り、ゆるく結ばれた唇から漏れる吐息が、テイラーの頬をくすぐる。
射抜くような視線が、テイラーの眼を捉えて離さない。

テイラーは、ハルカと眼を合わせたまま、ハルカの唇の間にぐいと舌を割り込ませた。

思ったよりも簡単に唇は離れ、テイラーの舌はするすると歯並びに沿って這入っていった。
「ふぅう」
ハルカはテイラーの目から視線を下げ、自分の口内に意識を注いだ。

テイラーの舌が、震える唇の裏や、頬の裏を丹念にこすりあげ、味わっている。

こそばゆさが喉を伝って、頭を震わせてくる。
水を受けた花弁のように、ハルカの口が、徐々に弛緩していく。

口の中がほぐれ、充分に拡がったのを感じると、テイラーは、上下の歯の間に舌をねじ入れ、更に奥へと進んでいった。
「く…」
テイラーの舌が上顎を掠める度に、腕に力が入る。
自分の舌の裏をえぐられる度に、喉から頭に何かが突き抜けていく。

生まれてから今まで他人の感触を知らなかったそこを、無造作に食い荒らされている。
未知の刺激は、ハルカの思考を緩やかに麻痺させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

bottom of page